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名古屋地方裁判所 昭和32年(ヨ)42号 判決

申請人 長屋敏夫 外二名

被申請人 尾張交通労働組合

主文

被申請人組合が、申請人等に対してなした昭和三十二年六月三日の組合よりの除名処分はいずれも本案判決確定に至る迄その効力を停止する。

申請費用は被申請人組合の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人等は主文第一、二項同旨の裁判を求め、その申請の理由として被申請人尾張交通労働組合は申請外尾張交通株式会社の従業員をもつて組織する労働組合であつて、申請人等はその組合員である。

被申請人組合は昭和三十二年六月三日同組合の大会において申請人等を「攪乱の目的で組合の存立を脅かし危機の直面へ導く者」として除名した。

然しながら申請人等は右除名理由に該当するが如き行為をなしたことはない。被申請人組合が問題視しようとする事の真相は左の通りである。即ち岐阜県出身者である申請人等が申請人伊藤忠雄宅に集まり酒を飲んだことはあるが、その際申請人等が岐阜グループを作ろうというような相談をしたことはない。次に申請人等は被申請人組合の役員会で決定した給与体系に対し反対の意見を述べたことはあるが、それは組合を攪乱する目的でなしたものではない。又申請人伊藤忠雄が被申請人組合の夏期手当一、三ケ月分の要求は無理ではないかとか無理に要求すれば会社が潰れはしないかと云いふらし、又陰で会社のために動いていたというようなことはない。従つて申請人等に対する本件除名はいずれも無効である。

仮りに申請人等に除名に値する行為があつたとしても、本件除名決議は、組合員の挙手に依り採決がなされたものであつて、かかる採決方法は被申請人組合の賞罰規定第十五条但書、「除名の処罰は大会に於て組合員の直接無記名投票に依つて三分の二以上の決議を得て処罰する」との規定に違反するものであり、又右採決の際申請人等に弁解の機会を与えずしてなされたものであるから無効である。

而して被申請人組合と申請外尾張交通株式会社との間の労働協約第三条「会社の従業員は第四条に定めるものを除き組合員でなければならない従つて新しく入社した従業員は採用決定と同時に組合に加入しなければならない。」との規定に基き、申請人長屋同野村の両名は右除名の当日会社から解雇せられ、申請人伊藤は右会社から解雇通知がないので現在休暇届を出しているのであつて、本件除名は申請人等の生活を脅かすものであるからこれを避くるため本申請に及んだものであると述べた。(疎明省略)

被申請人組合は本件口頭弁論期日に出頭しなかつたが審尋期日において申請人等の申請を却下するとの裁判を求め、答弁として被申請人組合が、昭和三十二年六月三日同組合の大会において申請人等を「攪乱の目的で組合の存立を脅かし危機の直面へ導く者」として除名したこと、右除名決議は、組合員の挙手に依り採決したことは認める。然し右除名決議は正当な理由に基くもので有効である。即ち申請人等が申請人伊藤忠雄宅において酒を飲んだ際同人等の間に岐阜グループを作ろうという話があつたこと、申請人等は同組合の中央拡大委員会に出席せずして、その決定に対し反対したこと、申請人等が第二組合的なものを作ろうとしていたこと、その他申請人等の言動が組合の活動に対して危険性があつたこと等、申請人等の行動はいずれも組合攪乱の目的でなされたもので、除名事由に該当するものであると述べた。

理由

被申請人組合が、申請外尾張交通株式会社の従業員をもつて組織する労働組合であつて、申請人等はその組合員であること、申請人等がその主張の日時に被申請人組合の大会において「攪乱の目的で組合の存立を脅かし危機の直面へ導く者」として除名せられたこと、右除名決議は組合員の挙手による採決によつてなされたこと、被申請人組合と前記会社との間には「会社の従業員は組合員でなければならない」こと又「会社は従業員が組合から除名された時はこれを解雇する」旨の労働協約が定められていること、申請人長屋、同野村の両名は右労働協約に基き本件除名の当日解雇せられ、申請人伊藤は右会社からの解雇通知がないため現在休んでいることはいずれも当事者間において争いなく又は明らかに争いのないところである。

よつて右除名の当否について判断するに、疎甲第二号証によれば除名決議の方法として、被申請人組合の賞罰規定第十五条但書に「但し除名の処罰は大会に於て組合員の直接無記名投票に依つて三分の二以上の決議を得て処罰する。特別の規定ある場合を除く」と規定せられ、特別の場合として第八十六条に「第十五条の除名の効力を適用するに長時間を要する場合又は緊急悪影響に及ぶと賞罰委員会が認めたる場合は中央執行委員会に於て委員長を除く総数の三分の二以上の無記名投票の決議に基き之を行う。但し、組合員総数(役員を除く)の三分の二以上の署名捺印の承認を得ねばならない」と定め、第八十七条に「前条を適用する違反行為は次の各条とする。第四十条、第四十三条、第四十五条、第四十七条、第五十一条、第五十二条、第六十三条、第六十四条、第七十四条、第四十八条、第七十五条、但し悪質なる手段を以て論ず」と定めていて「攪乱の目的で組合の存立を脅かし危機の直面へ導いた者」との処罰事由は同規定第七十八条に定められているから本件除名決議は、右第十五条但書の規定に則り無記名投票に依らなければならないものであること明らかである処、本件除名決議は組合員の無記名投票によらずして挙手によつて採決がなされているのでこれが当否について考察する。

凡そ採決方法を無記名投票によらしむる趣意とするところは、採決をなすに際し各投票者個人の自由なる意思決定を確保せんとするにあると解せられる。特に労働組合員の除名という如き公然たる仲間外れ、然もショップ制下においては従業員たる地位をも奪う重要事項の決議に際しこれが裁決方法として無記名投票によるべきことは故あることである。仮に組合の最高機関である組合大会においてその多数の意思が一時的に規定に拠らない挙手の処置に出たことが許さるべき程度の瑕疵としても少くとも挙手により採決をなすに際し、組合員の自由なる意思決定が確保されなければならない。さてこれを本件について観るに、本件除名決議のなされた組合大会は、組合員に対してその前日午後九時頃開催の通知がなされ、これが附議事項については予め何等の告知もされなかつたこと(疎甲第一証の被申請人組合の規約第二十一条に「大会の日程決議その他必要事項は大会開催一週間前迄に組合員に告知しなければならない。但し争議中又は緊急を要する時は何時でも臨機の方法で招集することが出来る」と定められている)、本件除名決議についての議題は大会の当日然も他の議題についての討論の途中において突如提案され、申請人等に弁解の機会を与えずして挙手により除名を決議し(右規約第六条に「組合員は左の権利を持つ………賞罰規定の罰則処分に対する弁護の権利………」と定められている)然も右採決をなすに際し組合員に対し挙手を強制する者もあつた等の事実が認められ、これらの状況よりして組合員の多くは時間的、内容的、心理的に十分に是非を分別し得なかつたものと認められ、従つて、自由なる意思決定が確保されたものと云うことはできない。

然らば本件除名決議は、そのまま不問に附されない程度に公正を欠くものと疑われるので、被申請人組合主張の除名事由の存否は暫く措き、本件除名決議は一応無効であると云うべきである。

而して、申請人長屋、同野村の両名は前示認定の如く被申請人組合と申請外会社との間のユニオン・ショップ約款により本件除名の当日解雇せられ、申請人伊藤は解雇通知がないため休んでいるのであるが、事実上解雇と同様の状態にある。

然らば申請人等が本件除名決議無効確認の本案判決確定に至る迄被申請人組合の組合員たるの地位を認められないときは、著しい損害を蒙ること明らかである。よつて申請人等の本件申請は理由あるものと認め申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 越川純吉 浪川道男)

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